決意と選択と結果
俺はUターンがしたかった。路地をグルグル回り目的の店を発見したが、駐車場が無かったので、一旦ホテルの駐車場に車を停めに戻るところだった。ところがグルグル回ったせいで方向感覚が狂い、ホテルとは逆の方向に大通りを曲がってしまったのだ。
「あ、ここ転回禁止じゃねーか。知ってます?こないだ免許の更新に行ったんですけど、矢印付きの信号は転回禁止じゃなくなったんですって」
「矢印ってこの右折用信号のこと?」
助手席に乗っている宮迫さんは免許を持っていない。免許が無いから、「逆方向に走ってるのに、なんでコイツさっさとUターンしないんだろう?」と不思議がるんじゃないかと思って、転回禁止のことを話題にしたのだ。
「そうそう。で、道路交通法が改正されて、右折用信号のある交差点は転回してもいいことになったらしいんですよ」
「ほうほう」
「でも右折用信号があっても、この転回禁止の標識があるところは転回すると捕まるから気をつけてねって、免許更新のとき講習で言われたんですよ。俺過去に転回禁止でまんまと捕まったことあるから、転回禁止だけは守るようにしてるんですよね」
「てゆうか他も守れよ」
「いや!他は守らない!でも転回禁止は守る!あ、ここも転回禁止だ」
5箇所ほど信号を越えたが、どの交差点にも転回禁止の標識があった。なんてこった。これじゃあいつまでたってもUターン出来ないし、どんどん目的地から遠ざかってしまう。
「このままじゃ那覇まで行っちゃいそうだね。右折したら?」
いや、さすがにそれは言い過ぎだろう。とは言うもののこれ以上ホテルが遠ざかるのもゴメンだ。明日も仕事だしさっさとメシを食いたかった。早くホテルの駐車場に車を停めて店に行きたい。
7個目の信号も転回禁止であることを確認し、右折車線に入ろうとしたところ、前方の黒いプリウスも右折車線に入った。ちょうど信号が赤になり、その下の右折矢印が点灯するところだった。
「あれ?コイツUターンすんじゃね?」
黒いプリウスに続いて右折しようとしたときだった。黒いプリウスが右折にしてはずいぶんハンドルを切っていることに気づいた。
「オイオイUターンしちゃうの?じゃあ俺も・・・・」
信号7個もスルーしたのに、こうも目の前であっさりUターンされると、今まで我慢してたのはなんだったんだろうという気になった。なんとなく流れで前方車に付いていくのが自然な気がした。
「いや!俺はUターンしない!俺は主義を守る!」
若干のバカらしさを感じながら、俺は固い決意で右折だけに留めた。右折するとその道は一車線で、緩やかに左にカーブした後、その先はまた右に曲がっているようだった。
「エライ!よく衝動を抑えた」
宮迫さんは俺の選択を称賛してくれた。「前の車もUターンしたんだし、お前もさっさとUターンしちゃえばいいのに」とか思われるんじゃないかと考えたが、俺は自分の決めた日常のルーティンを守る。
「いや〜、今迷ってるのがスんゲー伝わってきたわ。Uターンしちゃうんじゃないかと思ったけどしなかったねえ」
前の車がUターンしようとしてることに気づいてから決断するまでの0.5秒の間、俺がUターンの誘惑に駆られているのを宮迫さんもハッキリと察していたし、宮迫さんが察していることを俺もハッキリと感じていた。その瞬間はまるで5秒くらいに感じられた。
お互い一言も発することはなかったが、映画のワンシーンなら時間を使って印象的に描かれる瞬間だった。
「転回禁止は守る主義なんで。これでさっきのプリウスが捕まってたら、自分の選択の正しさを納得出来たんですけどね。いや、人の不幸を願っちゃいけないか」
道の右手は空き地になっていて、何台か車が停めてあった。車を切り返すにはちょうどいいスペースになっている。切り返して大通りに戻ろうとしたときにはちょうど青信号になっていた。
左に曲がって大通りを元来た方向に戻ろうとしたところ、道の左側には2台の車が縦列に停車していた。
もちろん一台は黒いプリウス。もう一台はパトカーだ。俺たちは賭けに勝ったことを知って、誇らしげな気持ちで日本蕎麦を食った。